久米三十六姓 (くめさんじゅうろくせい)
家系 - 門中 -
■1392年、察度王統(中山王国)・初代王・察度の後期に洪武帝より賜った多くの学者や航海士などの職能集団。
■彼らの出身地が?(びん)と呼ばれる地域(現在の福建省あたり)だったことから「?人三十六姓」という事もある。
■彼らの子孫が那覇の久米村に定住し、中国との外交や貿易といった特殊な職能集団だったことから、後に多くの学者や政治家を輩出した。
■蔡鐸の子で三司官に就任した蔡温も久米士族として異例の抜擢を受けた一人。
■しかし、近年の研究で、久米村を形成した中華系の人々は、元は貿易、商売で琉球に来て定住した中国人の子孫ではないかという説が有力になってきている。
屋良朝苗 (やら ちょうびょう)
人物 - 琉球政府行政主席 - 公選知事
■出身:読谷村
■唯一の公選行政主席にして最後の行政主席。
■日本復帰後の初代公選知事。
■現・広島大学→教職時代→沖縄群島政府文教部長→沖縄教職員会長。
■1968年に初の行政主席選挙が行われ西銘順治と争い当選。
■戦後:米軍統治下時代
■公選知事・在任期間:1972/5/15~1976/6/24
(和暦:昭和47年~昭和51年)
■県知事当選回数:2回。※琉球政府時代を合わせると当選回数3回。