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琉球・沖縄の歴史上の偉人や事柄辞典。 title=

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宜湾朝保 (ぎわん ちょうほ)

東西洋学に長けた歌人。「琉球の五偉人」の一指。
[人物] [政治家]
 生没年:1823-1876
■唐名:向有恒。名乗:朝保。→向有恒・宜湾親方朝保。
■接貢船修甫奉行→異国船御用係→学校奉行→系図奉行→三司官。
■後年、歌人、八田知紀に和歌を師事し、松風斎を名乗り、琉球歌壇の基礎を築いた。

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他の 政治家 関連情報 (2件)

羽地朝秀

■王族の羽地御殿5世・朝泰の長男。 ■唐名:呉象賢。名乗:重家。→呉象賢・羽地按司重家。 ■琉球王国最初の歴史書「中山世鑑」の編纂を行なった。 ■羽地間切の按司地頭を継いだが、1666~1673年、尚質王の摂政となり、数々の改革を行ない王国の経済を立て直した。 ■那覇市首里平良町に「羽地朝秀の墓」がある。
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瀬長亀次郎

■出身:現・豊見城市 ■政治家以外の経歴… 名護町助役→沖縄朝日新聞記者→毎日新聞沖縄支局記者を→にうるま新報(現琉球新報)社長。 ■政治家としての経歴… 那覇市長(1期)、沖縄人民党委員長、立法院議員(3期)、衆議院議員(7期)、日本共産党副委員長。 ■投獄歴… 1932年、丹那トンネル労働争議を指導し治安維持法違反で初めての逮捕・投獄。 1954年、沖縄人民党事件で逮捕投獄。 ■戦後、沖縄人民党の結成に参加し、米軍に対する抵抗運動を行った。返還前は立法院議員や那覇市長を歴任したが、占領軍により被選挙権を剥奪され那覇市長の座を一年足らずで失う。返還後は立法院議員3期、衆議院議員(日本共産党党員)を7期務めた。 晩年はその活動を認められ数々の賞を受賞している。那覇名誉市民、豊見城名誉村民。
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