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琉球・沖縄の歴史上の偉人や事柄辞典。 title=

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尚益王 (しょうえきおう)

第二尚氏王統・12代目王
[人物] [国王]
 生没年:1678-1712
■琉球王国・第二尚氏王統・11代目国王・尚貞王の孫で中城王子・尚純の子。
■琉球王国・第二尚氏王統・12代目国王。
■琉球国中山王。
■居城は首里城。
■在位:1710年~1712年。

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尚泰久王

■琉球国中山王。 ■居城は首里城。 ■在位:1453年~1460年。 ■神号は那之志与茂伊(なのしよもい)、又は大世主(おほよのぬし)。 ■尚巴志の五男であり、前王・尚金福王の弟。 ■護佐丸の娘を妃とした。 ■当初は越来間切を与えられて越来王子と呼ばれていた。 ■第一尚氏王統・4代目王・尚思達王の時、越来王子時代に金丸(後の尚円王)を見出し王府官僚として推薦。 ■1449年、兄である尚金福王の死去により王子兄弟による「志魯・布里の乱」が勃発、双方が共倒れになり、第一尚氏王統・6代目王に即位。 ■銅銭・永楽通宝を元に大世通宝(たいせつうほう)を作成した。 ■1458年頃、「万国津梁の鐘」を鋳造した。 ■「護佐丸・阿麻和利の乱」を鎮圧した。
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尚寧王

■王家分家・小禄御殿3世、尚懿・与那城王子朝賢(第2代尚真王の孫)の長男で、尚永王の娘婿。 ■琉球王国・第二尚氏王統・7代目国王。 ■琉球国王。 ■居城は首里城。 ■在位:1589年~1620年。 ■童名は思徳金。 ■神号は日賀末按司添(てだがすえあんじおそい)。 ■分家から国王に就いたことから、尚寧王一族を尚清王の家系「首里尚家」と区別する為「浦添尚家」と称する文献もある。 ■1609年、薩摩藩・島津氏の侵攻を受け降伏。以後、琉球は薩摩藩と明の二ヶ国に両属する事となる。 ■尚寧王は薩摩藩によって江戸に連行され、征夷大将軍の徳川秀忠に謁見、後に琉球に戻された。 ■1613年、薩摩藩に奄美群島を割譲した。 ■1613年、おもろさうし第2巻が編纂された。 ■墓陵は浦添ようどれ。
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