尚育王■琉球王国・第二尚氏王統・17代目国王・尚?王の長男。
■琉球王国・第二尚氏王統・18代目国王。
■琉球国王。
■居城は首里城。
■在位:1835年~1847年。
■童名は思徳金(うみとくがね)。
■士族の通える学校を作るなど教育に力を入れた。
■1844年、フランス海軍の来航にあたり宣教師の布教活動を許可。
■1846年、英国海軍が入港、宣教師ベッテルハイムが逗留した。
■墓陵は首里玉陵。
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尚寧王■王家分家・小禄御殿3世、尚懿・与那城王子朝賢(第2代尚真王の孫)の長男で、尚永王の娘婿。
■琉球王国・第二尚氏王統・7代目国王。
■琉球国王。
■居城は首里城。
■在位:1589年~1620年。
■童名は思徳金。
■神号は日賀末按司添(てだがすえあんじおそい)。
■分家から国王に就いたことから、尚寧王一族を尚清王の家系「首里尚家」と区別する為「浦添尚家」と称する文献もある。
■1609年、薩摩藩・島津氏の侵攻を受け降伏。以後、琉球は薩摩藩と明の二ヶ国に両属する事となる。
■尚寧王は薩摩藩によって江戸に連行され、征夷大将軍の徳川秀忠に謁見、後に琉球に戻された。
■1613年、薩摩藩に奄美群島を割譲した。
■1613年、おもろさうし第2巻が編纂された。
■墓陵は浦添ようどれ。
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